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EU議会売店カルボナーラソース問題の整理:イタリア農業省批判と各方面の反応(2025年11月)
【要旨】本稿は、2025年11月にイタリアのフランチェスコ・ロッロブリージダ農業・食料・森林政策相がEU議会売店で販売されていたベルギーのデルエズ社製カルボナーラソースを批判したことに端を発する一連の騒動を整理するものである。材料の相違(パンチェッタとグアンチャーレ)・「イタリアン・サウンディング」問題・同年8月に起きたBBCカチョエペペ・レシピ問題・2025年12月のイタリア料理ユネスコ無形文化遺産登録の経緯を記録し、食文化の国際的流通をめぐる論点を整理する。本協会はいずれの立場についても是非の判定は行わない。
1. 問題の所在
2025年11月18日頃、イタリアのフランチェスコ・ロッロブリージダ農業・食料・森林政策相は、ベルギー・ブリュッセルにあるEU議会の売店で販売されていたベルギーのデルエズ(Delhaize)社製カルボナーラソースに対し、公式Facebookに批判を投稿した[註1]。大臣は「EU議会の売店にこのようなものが陳列されているのは見るに堪えない。直ちに調査を開始するよう要請した」と述べ、当該商品をはじめとする一群の食品を「イタリアを代表する最悪の商品だ」と表現したと各社が報じた。
2. 批判の根拠
2-1. 材料の相違:パンチェッタとグアンチャーレ
問題とされた主な点は、当該ソースに使用されている豚肉加工品がスモーク処理されたパンチェッタ(塩漬けした豚バラ肉)であったことである。イタリアの伝統的なカルボナーラのレシピでは、グアンチャーレ(塩漬けした豚頬肉)を用いるとされている[註2]。
伊料理誌「ラ・クチーナ・イタリアーナ(La Cucina Italiana)」は、グアンチャーレの使用をカルボナーラの本質的な要件と位置づけており、パンチェッタへの代替をイタリアの伝統との乖離として批判的に扱っている[註1]。
2-2. 「イタリアン・サウンディング」問題との接続
ロッロブリージダ大臣が今回の騒動で言及した背景のひとつが、「イタリアン・サウンディング(Italian sounding)」と呼ばれる問題である。これは、イタリア産でない食品にイタリアを想起させる名称・パッケージ・国旗を用いて販売する慣行を指す。デルエズ社の製品はイタリア産である旨の表記はしていないものの、カルボナーラという名称とパッケージへのイタリア国旗の使用が問題視された[註1]。
イタリアン・サウンディングによる経済的損失については、各報道において年間推定120億ユーロとする試算が引用されている[註3]。ただしこの数値の測定条件・算出根拠については、本協会による一次資料の確認は行っていない。
2-3. パッケージの表示
大臣が問題視したもう一点は、ベルギー製の商品のパッケージにイタリアの国旗が用いられていたことである。これが消費者にイタリア産であるかのような印象を与えうるとの懸念が示された。
3. 各方面の反応
3-1. EU議会売店
批判が広がった後、当該ソースはEU議会の売店から撤去された。EU議会はこの決定を公式に確認した[註1]。
3-2. ベルギー側の対応
製品を販売するベルギーのスーパーマーケットは、「製品は規制にのっとっている。内容やパッケージを変更する理由はまったくない」として、イタリア側の指摘を退けた[註2]。
3-3. イタリア政界への波及
この騒動はロッロブリージダ大臣の批判にとどまらず、メローニ首相率いる政党「フラテッリ・ディタリア(Fratelli d'Italia、イタリアの同胞)」の欧州議会議員カルロ・フィダンツァ(Carlo Fidanza)氏がEU議会議長宛てに抗議の書簡を送るに至った[註4]。報道によれば、同氏はこの問題を個人の料理観の問題ではなく、イタリアの食文化に対する侮辱と位置づけた。
4. 同時期の関連事例:BBCグッドフードのカチョエペペ・レシピ問題
4-1. 事案の概要
カルボナーラソース騒動と同年の2025年8月、イギリスのBBCが運営する料理サイト「グッドフード(Good Food)」が公開したカチョエペペのレシピをめぐり、類似の批判がイタリアで起きた[註5]。
カチョエペペは、ペコリーノ・ロマーノ(羊乳のチーズ)と黒コショウのみを用いるとされるローマの伝統的なパスタ料理である。問題となったBBCのレシピには、伝統的なレシピには存在しないバター・パルミジャーノ・レッジャーノが材料として記載され、さらにダブルクリーム(生クリーム)を加えることを選択肢として示していた[註5]。
4-2. イタリア側の対応
この内容がイタリア国内に広まると、伝統からの逸脱を問題視する声が上がった。イタリアの飲食業界団体フィエペット・コンフェセルチェンティ(Fiepet-Confesercenti)のクラウディオ・ピカ(Claudio Pica)会長は、BBCグッドフードの発行元であるイミーディエイト・メディア社と、ローマ駐在のイギリス大使エドワード・リュウェリン(Edward Llewellyn)に宛てて書簡を送り、伝統への「不当な歪曲」であると抗議した[註5]。
4-3. その後の経緯
BBCはその後、食ライター、レイチェル・フィップス(Rachel Phipps)の署名による改訂版レシピを公開し、材料をペコリーノ・ロマーノと黒コショウの3点に戻した。ただし「ティップス」欄にはクリームの追加を示唆する記述が残されたと報じられている[註6]。
5. 政治的背景:イタリア料理のユネスコ無形文化遺産登録
5-1. 申請の経緯
イタリアの農業省は3年にわたり、イタリア料理全体をユネスコ無形文化遺産(人類の無形文化遺産の代表的な一覧表)に登録するよう申請していた[註7]。2025年11月のカルボナーラ騒動はこの申請の審査直前に起きており、複数の専門家は騒動の背景に「メイド・イン・イタリー」を強調する政治的な意図があった可能性を指摘している。
5-2. 2025年12月の登録決定
2025年12月10日、インド・ニューデリーで開催されたユネスコ政府間委員会は、イタリア料理を人類の無形文化遺産の代表的な一覧表に全会一致で登録することを決定した[註7]。特定の料理や技法ではなく、食材の栽培・収穫・調理・給仕にいたる「イタリアの食文化と食の伝統」全体が対象となった。CNNなどの報道によれば、ひとつの国の料理文化全体がこの形でユネスコに認定されたのは、世界で初めてとされる。
この決定により、イタリアのユネスコ無形文化遺産登録件数は19件となった。農業省によれば、この登録はイタリアン・サウンディング問題への対抗においても、国際的な認知度の向上という観点から意義を持つものと位置づけられている。
6. 食文化の国際的流通をめぐる論点
今回の一連の騒動は、ある料理が国境を越えて普及する過程で生じる変形と、発祥地の文化的権威との緊張関係を示している。
日本においても、カルボナーラは生クリームを使ったソースにベーコンをのせた形がなじみ深い。これはイタリアの伝統的なレシピ(グアンチャーレ・卵黄・ペコリーノ・黒コショウ)とは材料・工程の両面で異なる。また、海外で展開された日本食についても類似の議論が生じた例が存在する。
一方で、料理の名称と構成要素の対応関係をどの程度厳格に保つかは、各国・各地域の法制度・慣行・市場の判断によるところが大きい。今回のデルエズ社製品がベルギーの法規制の範囲内にあるとする同社の立場と、食文化の正統性という観点からのイタリア側の主張は、それぞれ異なる評価軸に基づいている。
本協会は、伝統的なレシピを記録・整理する立場を取るが、特定の変形を否定する判断は綱領第二条に基づき行わない。
7. 結論と今後の課題
2025年11月のEU議会カルボナーラソース騒動は、以下の複数の要因が重なった事案として整理される。
- 材料の相違:グアンチャーレの代わりにスモークパンチェッタが使用されていた点
- パッケージ:ベルギー製品にイタリア国旗が使用されていた点
- 「イタリアン・サウンディング」:イタリアの食品産業が長年問題視してきた慣行との接続
- 政治的背景:ユネスコ無形文化遺産申請の審査直前というタイミング
2025年8月のBBCカチョエペペ問題と合わせ、この時期にイタリア料理の「正統性」をめぐる複数の国際的な摩擦が起きた。同年12月にイタリア料理がユネスコ無形文化遺産として正式に登録されたことは、これら一連の騒動の一つの帰結として記録することができる。
本協会として記録すべき論点は以下の2点である。第一に、グアンチャーレとパンチェッタという豚肉加工品の選択が、国際的な文脈においても伝統と変形の議論の焦点として浮上したこと。第二に、「名称の使用」と「材料・製法の一致」が必ずしも連動しない状況が常態化しており、各国の法制度と文化的権威の間に埋めがたい溝が存在することである。
NOTE / 註
- 農業相の発言・EU議会側の対応については、AFPBB News、CNN.co.jp、時事通信の各報道に依拠する。本協会による一次資料(農業相のFacebook投稿原文等)の確認は行っていない。
- ベルギー側スーパーマーケットの発言については、時事通信およびAFPBB Newsの報道に依拠する。
- イタリアン・サウンディングによる年間推定損失120億ユーロという数値は複数の報道で引用されているが、算出機関・測定時点・算出方法は本稿の調査範囲では確認できなかった。参考値として記載する。
- フィダンツァ議員の書簡については、Euronewsの報道(2025年11月18日付)に依拠する。
- BBCグッドフードのカチョエペペ問題については、Euronews(2025年8月11日付)、Gambero Rosso International、Wanted in Romeの各報道に依拠する。
- BBCによるレシピ改訂の経緯については、Gambero Rosso InternationalおよびWanted in Romeの報道に依拠する。
- ユネスコ無形文化遺産登録については、CNN(2025年12月10日付)およびSAPORITAの報道に依拠する。本協会によるユネスコ公式文書の確認は行っていない。
BIBLIOGRAFIA / 参考文献
- 欧州議会売店の「カルボナーラソース」にイタリア農相激怒「見るに堪えない」(AFPBB News) — 2026-08時点
- 「偽カルボナーラ」にイタリア激怒、パンチェッタの使用は「犯罪」と非難(CNN.co.jp) — 2026-08時点
- 「偽カルボナーラ」にノー イタリア閣僚がパンチェッタ使用を批判(時事通信) — 2026-08時点
- 'Fake' carbonara sauce causes outrage in Italy(CNN) — 2026-08時点
- Meloni's Brothers of Italy party launches saucy carbonara crusade in the European Parliament(Euronews) — 2026-08時点
- 「パンチェッタは大罪」偽カルボナーラにイタリア農相が激怒(ABEMA TIMES) — 2026-08時点
- Explained: how a pasta recipe has triggered a diplomatic row between UK and Italy(Euronews) — 2026-08時点
- The case of the 'wrong' Cacio e Pepe that made everyone angry(Gambero Rosso International) — 2026-08時点
- Outcry in Italy over inclusion of butter in UK recipe for Cacio e Pepe(Wanted in Rome) — 2026-08時点
- Italian cuisine becomes world's first to be awarded UNESCO status(CNN) — 2026-08時点
- イタリア料理、ユネスコの世界無形文化遺産に登録(SAPORITA) — 2026-08時点
本協会が独自に測定した数値ではない。各文献の公表内容を整理したものである。